障害児デイサービス市場が拡大しています。児童福祉法改正によって、行政からの補助金が増加し、経営的に成り立つようになったことが契機になって新規参入が相次いでいます。非常に簡単にいうと、障害児が放課後を過ごす場所を一定の基準を満たす環境で提供することで、行政から補助金が支給され、利用者負担を1割にできるという仕組みです。
どうやら自閉症の息子の放課後の過ごし方について、世間では競争が起こっているらしい。放課後はデイサービスの車が特別支援学校にどっと押しかけ、デイサービス教室まで送ってくださり、時間になると自宅まで送ってくれます。母親の時間ができるという意味では非常に有意義なサービスではありますが、その一方で、このようなサービスが息子の将来にとってどこまで有意義かは残念ながらわかりません。
先のブログに纏めたジョージ・アカロフの理論がこの状況にまさに当てはまります。
親としてみれば、自閉症児が将来、一社会人として自立して生活できるかが大きな心配です。そのために、彼らが働いて生活資金を稼ぐという課題にむけて何らかの解が欲しい。自閉症という病気は、原因が明確ではないことから、治療は残念ながら期待できません。だから、社会人として自立するにあたっての障害を克服するプログラム確立が望まれます。プログラム確立のためには、彼らを対象とした研究が不可欠で、それは彼らの「世話」というレベルと全く異なります。
仮に、巨額の資金をつぎ込んで自閉症の症状改善が期待されるプログラムを開発した研究者がいたとして、それを回収するためにプログラムを自閉症児に売りたいと考えているとします。自閉症の症状は非常に多岐にわたるので、そのプログラムの効果は完全なものではないし、わが子に合うのかどうかわかりません。その一方で、デイサービスが利用者負担1割で自閉症児が楽しく過ごせるお世話を提供しています。こんな状況では、プログラムは売れないし、そもそもプログラムを提供しようとさえ思わないでしょう。そして、研究者の尊い研究意欲も削がれてしまいます。
デイサービスは少なくとも家族の負担を軽減していることは事実ですから、その目的のもとでは正しい。だけど、その目的のために、より意欲的な経営者なり研究者が、自閉症児を自立させるという崇高な研究をあきらめるという状況は厳に避けなければいけません。