ビジネス・ケースを評価することは財務部門の最も重要な仕事であるにもかかわらず、財務部門がきちんと関与できている例は多くないと感じます。会計基準に基づくPL・BSインパクトを示すことももちろん大事ですが、プロジェクトのリスクやリターンを可能な限り客観的に数字で表すという財務分析がきちんとできているかどうかは疑わしい。私の経験でいえば、経営者のストーリーに沿うように「数字を作る(cooking numbers)」ことが財務部門の仕事になっているケースが多々あります。私の経験からビジネス・ケースにおける財務分析の基本を纏めてみました。
ストーリーを検証する
数字の組み立ての基礎となるストーリーを理解することが最も大事です。戦略に基づいてどういう具体的施策を打っていくのか、どうしてその施策が目的達成に貢献すると考えられるのか、施策を打つために必要なリソースをどうやって調達するのか、競合の動きに対してどういった施策で対抗するのかなど、ストーリーそのものが矛盾なく組み立てられたものかをまず検証します。
矛盾かどうかを判断するベンチマークは、経営学や経済学の教科書に載っているような基本的な理論です。必然的に、財務部門の人はこれらを頭に入れておく必要があります。
変数を絞り込む
ストーリーを数字化する上で、数字に影響を与える変数を決めます。精緻さを追いかけるあまり徒に変数を増やすことはお薦めしません。ビジネス・ケースがマネジメントの意思決定をサポートするためのものであることを考えれば、変数を、影響の大きい3つに絞り込んで、その3つの変数を動かして、楽観的、標準的、悲観的という3つのリスクシナリオを準備すると良いかと思います。
為替レートや金利率を変数としてビジネス・ケースに取り込む事例が散見されます。確かに、これら変数が数字に与えるインパクトは小さくないのですが、これらは変数ではなく、ビジネス・ケース上は、定数です。自らの努力でどうしようもないマクロ経済変数であり、それらを変数として扱ってシナリオを構築すると、「成否は運任せ」ということになってしまいます。専門的になりますが、為替レートも金利率も、将来の価格が市場(或いは理論値)で決まっていますから、それらを定数として組み込むことになります。
キャッシュフローを評価する
楽観的、標準的、悲観的シナリオを、それぞれキャッシュフローの形で表現し、それらを評価します。評価に用いる指標で代表的なものはNPV、IRR、そしてPay Backです。
NPV(Net Present Value)は、キャッシュフローの現在価値を意味します。 現在価値の計算に用いる割引率には、リスクフリー(国債)金利水準にリスク料を加味した率を用います。 現在価値がプラスであれば、財務的には承認すべきビジネス・ケースになります。但し、厳密に言えば、近い将来のリスク料と、遠い将来のリスク料は異なるはずで、割引率もビジネス・ケースの全期間を通じて一律にならないはずですから、各年毎に異なる割引率を用いてNPVを計算することが望ましいと言えます。
IRR(Internal Rate of Return)は、キャッシュフローを説明できる収益率を意味します。IRRが社内ハードルレートより大きければ、財務的には承認すべきビジネス・ケースになります。但し、キャッシュフローが債券のように単純でない限り、この収益率を求めることは容易ではありません。しかも、IRRはあくまで数学的な解ですから、一意に定まらない場合もありえます。収益率という語感から、IRRと社内ハードルレートとの比較のみでビジネス・ケースを評価しがちですが、非常に極端な例として9年間赤字を積み上げて、10年目に初めて大きなリターンを見込むビジネス・ケースのIRRが10%と計算されることもありうることから、これだけで評価することは危険です。
Pay Backは、投資額が何年で回収されるかを示す指標です。回収スピードのみに焦点をあてていて、どれだけリターンが大きいかはわからないので、上述NPVやIRRを補完する指標として良く用いられます。インフラ投資や資源開発等、非常に時間がかかる特殊な案件を除いて、通常、3-5年以内での回収を求められることが多いです。
ビジネス・ケースを財務面から客観的に評価する作業は非常に重要です。経営学の範疇にある戦略論を学ぶことや、NPVやIRRなどの評価指標の財務的な意味を深く理解することは簡単ではありませんが、これらができるようになれば、仕事の幅が大きく広がります。