組織設計に先立って、重要業務やプロセスをどの機能が担うかを明確にしたものをオペレーティング・モデルといいます。現状の組織図にとらわれることなく、業務を効率的に回すあるべき姿を考えるときにこの用語がよく用いられます。外資系企業を例にとると、会計サービスをどこかの国で集約するかとか、人事サービスを専門会社にアウトソースするとか、カスタマーサービスの責任をどの部門に持たせるかなどが、オペレーティング・モデルの議論の中で決まっていきます。それぞれについて、例として纏めておきます。
会計サービス
旅費精算、買掛金支払のための支払伝票の起票、売掛金の回収、会計帳簿作成などの会計業務には、世界で概ね統一されたプロセスがあります。昔は、国ごと、会社ごとに異なる基準、異なるプロセスを採用しておりましたが、ここ20年で急速に統一化が進んだと感じます。その経緯について専門家ではありませんが、あくまで私見では、2001年のエンロン・ショックと、その翌年に米国で施行されたSOX法がきっかけだったと理解しています。
エンロンは、最先端の金融理論を持ち込んでエネルギー業界に新風を吹き込んだ企業で、電力、ガス、石油、ガス排出権といった様々な資産の将来価格や将来の売買権を値付けし、リスクヘッジしたい企業と、リスクテイクしたい投資家とを結びつける機能を提供していました。エンロン自らがリスクをとってトレーディングに参加し、取引に厚みを与えていたのですが、そのエンロン自身が粉飾決算を行っていたことが明るみに出て、急速な信用収縮が起こってしまい多くの企業が損失を被りました。
この状況を深刻に捉えた米国政財界が、企業の財務情報の正確性について経営者に重い責任を課す法律の制定に動きました。法案提出者の頭文字をとって、一般的にSOX法と呼ばれています。財務情報とモノやサービスの流れとを完全にリンクさせるため、ERP(Enterprise Resources Planning)導入が義務付けられたところから、企業や国の枠を超えて会計プロセスの標準化が急速に進みました。そのおかげで、企業から見れば、会計サービスはアウトソースしやすく、受け皿企業にとっても陣容強化しやすくなりました。
人事サービス
会計サービスは法律や制度が企業や国という枠組みを超えたプロセス統一を促しましたが、ERPのカバレッジが次第に大きくなるにつれて、営業や人事サービス分野でもプロセス統一が進んできました。即ち、テクノロジーがプロセス統一を主導しつつあるといえます。人事サービスプラットフォームとして「ワークデイ」、営業サービスプラットフォームとして「セールスフォース」など、企業や国という枠組みを超えて展開するプラットフォームがシェアを伸ばしています。
私は、過去、ある分野のプラットフォーム導入に携わったことがあり、その有用性を信奉している一人です。導入にあたっては、まず企業側が業務プロセスを変更することになりますので、馴染みのないプロセスに反対する声が少なからずあがります。ところが、導入してしまえば、全世界のユーザーからの改善要望に基づくシステムのアップデート、アップグレードを享受できますし、何より、日常業務をアウトソースして、戦略的業務にリソースを集中させることが容易になります。アウトソース先では、そのシステムの運用に長けた専門家が効率よく業務を請け負いますので、企業側で教育を施してスキルを継承したり、担当者の休暇に備えてバックアップを準備するといったマネジメントから解放されます。
カスタマーサービス
上記2つの事例と異なり、ITプラットフォームを軸としたオペレーティング・モデルではないものの、製品修理やクレーム受付などのカスタマーサービス機能を、販売の延長線上から製造の延長線上に移す動きが見られます。即ち、製造部門の責任のもと、工場コストのみならず、消費者対応まで含めたコストと品質のバランスを評価し、各プロセスへのリソース配分を最適化することになります。
日本市場の要求品質は過剰だという話をよく聞きます。製品を保護する役割のパッケージが少しでも傷ついていると、クレームが入ります。つまりパッケージも製品の一部という訳です。外国で暮らしてみれば、日本市場の特異性が良く分かります。このような市場で品質問題が生じると、カスタマーサービスに要するコストが非常に高くなります。製造部門の責任者は、製造にコストをかけて日本市場向け品質を更に一段高めるか、さもなくば、カスタマーサービスに追加人員を配置して対応することになります。
オペレーティング・モデルの青写真は、最小リソースで最大効果を上げるために、自社リソースをどこに配分し、どういった役割と責任とを与えるかという議論の結果として導かれるものです。アウトソースが可能な機能は、他社との差別化が困難だと割り切ってアウトソースを進め、自社リソースを必要とする機能は、ゼロベースでその役割と責任とを再考することが常に重要だと考えています。