マイナス金利政策の解説の中でも示しましたが、昨今のマイナス金利を巡る議論を見ていると、金融政策としててマイナス金利の効果についてコンセンサスが形成されておらず、日銀は難しい舵取りを強いられています。ここでは、一歩下がって、そもそもどうして金利をコントロールすることが国民所得に影響を与えるのか、IS-LM曲線の解釈という形で、深堀りしてみようと思います。
貨幣市場がよくわからない
IS-LM曲線に関しては、AD-AS, IS-LM, 45度線モデルの中で少し触れました。財市場、貨幣市場それぞれにおける、利子率と国民所得の均衡点を示した曲線です。それぞれの単語の意味はわかりますが、それらを繋げてみると、正直言って、ピンときません。利子率と国民所得の関係は、財市場の均衡(IS曲線)のみで十分説明できるような気がします。利子率が投資行動に影響を与えるという説明は、企業の投資行動を考えると直感的に理解できます。即ち、借入金利が低いときに資金調達して事業に投資するという説明に違和感はありません。
だから、わざわざ貨幣市場を持ち出さなくても、財市場だけで利子率と国民所得の均衡点が求まるような気がします。そして、その関係に制約を及ぼすとすれば、貨幣市場ではなく、むしろ労働市場のように思えます。つまり、財市場における供給が完全雇用で頭打ちになるからです。或いは逆に、完全雇用が達成されるところで利子率が決まると考えてしまいます。ところが、IS-LM曲線には、労働市場の均衡概念が含まれていません。労働市場ではなく、貨幣市場が、財市場に影響を及ぼすといっています。
貨幣需要の深掘り
いわば、人々が月を欲するために失業が生じる。
「一般理論」 J.M. ケインズ
これは、英国の経済学者ジョン・メイナード・ケインズが、著書「一般理論」で利子と貨幣の基本的性質の説明として述べた、とても有名なフレーズです。月というのは貨幣を表していて、要するに、「月」と同様、生産できない「貨幣」を人々が欲するから、国民所得が制約されて、失業が生じる、と言っています。この言葉を理解することで、IS-LM曲線が理解できます。
世の中に貨幣というものがなければ完全雇用は達成されるのに、人々はなぜ貨幣を求めるのか、ケインズは、取引動機と投機的動機という2つの側面で、貨幣に対する需要を説明しています。取引動機は貨幣の決済機能を思い浮かべれば容易にイメージが湧くと思います。何かを買おうと思うと手元に貨幣をおくことから、消費意欲の大きいときほど取引動機は大きい。一方、投機的動機はややこしい。というのは、貨幣を投機対象として見ているのではなく、貨幣以外を投機対象として見て、投機的動機という名前で呼んでいるからです。
ケインズは、投資家としての顔ももっていました。株式であれ債券であれ、どの銘柄に投資しようか、深く考えていたのだと思います。当然、リターンの高い投資機会を探していたのですが、例えば、自動車株式のリターンが高い状況は、人々が自動車を欲している状況なので、株式を通じた資金提供で生産がどんどん進むことで、やがてリターンが落ち着いていくと考えました。どこまでリターンが落ちるかというと、株式で持つことのデメリット、例えば値動きが大きいだとかすぐに処分できないだとか、そういったものを差し引いたリターンが、貨幣の利子率と同じところまで落ちると言っています。そのとき、貨幣に対する需要が生じるのです。これを投機的動機と呼んでいます。
即ち、いくら自動車の需要があっても、自動車の生産への資金提供は、そのリターンと貨幣の利子率との比較により、完全雇用が達成される前に止まってしまう可能性があるのです。人々が貨幣を欲するから、失業が生じるという言葉は、そういう状況を表現しました。
IS-LM曲線の解釈
貨幣市場が財市場に影響を与えるという考え方は、上述の通り、貨幣に対する需要、特に投機的動機を深掘りすると理解できます。貨幣の利子率次第で、財市場の供給が影響を受け、国民所得水準に影響が及ぶのです。貨幣というものがなければ、そういったことは起こらず、完全雇用を満たす水準で利子率と国民所得が決まります。しかし、貨幣というものに対する需要は厳然として存在してしまうので、その利子率を(民間市場ではなく)中央銀行がコントロールするという枠組みになっています。
利子と貨幣というものの性質を深く考え、その特別な側面を見抜いて、金融政策の枠組みまで理論を組み上げています。 ケインズの創造的思考にはいつもながら感心します。