手元に1928年に発刊された前原久夫著「ヘンリー・フォード」という古書があります。著者がフォードの著作をあたって纏めた本だと思いますが、内容が仔細でとても興味深い。フォードといえば、T型フォードに代表される大衆車の大量生産システムを発明した偉大な実業家ですが、100年経った今でも全く色あせない経営理念を提供してくれています。この本に紹介されたストーリーから、僕が興味をもったところをいくつか紹介したいと思います。
鉄道事業の買収
自動車王の紹介にもかかわらず、自動車とは異なるストーリーを最初に取り上げるのはどうかと思いますが、このストーリーは、フォードの経営理念が普遍的な側面を持つことを示唆しています。
そもそもフォードは一人一業主義の信奉者とのことで、自動車業こそが彼の終生の事業だと確信しており、鉄道事業の買収など少しも興味がなかったようです。しかし、工場拡張のために鉄道会社が所有する土地を買収する必要が生じ、鉄道会社と交渉したところ、その土地にとんでもない高値をふっかけられたところから、考えが変わります。その鉄道会社は経営難のために数回破産と再興を繰り返したボロ会社で、2円儲けるために3円使わなければいけない状況でした。だったら、土地ではなく鉄道事業ごと買ってしまうほうが安くつくというところから、検討が始まりました。もともと、フォードの自動車会社はこの鉄道を使って製品の運搬を行っており、もし直営にすれば自由に時刻表を作成でき、輸送期間も短縮できます。ちょうど事業が1920年の大恐慌の煽りを受けており、生産性を徹底的に高めなければいけない状況でもあり、結局、5百万ドルで鉄道事業すべてを買収しました。財産は、ボロボロの線路のほか、整備されているとはとても言えない機関車73台、客車27台、貨車2,700台、汚い建物と機械化の遅れた修理工場、そして覇気のない多数の従業員というものでした。世間には、フォードは破産すると伝えられたといいます。
鉄道事業の再生
フォードは、買収完了後ただちに、自動車会社で採用している経営方針をこの鉄道事業に惜しみなく投入しました。
まず、事務を大幅に簡素化しました。縦割り組織の壁を廃止し、部局を減らし、各人ができる限り複数の仕事をして、人数を減らしました。駅長でも暇があれば掃除もするしペンキも塗る。機関士でも貨車の掃除をするといった具合です。また、多数の損害賠償事案について、だらだら交渉して時間を費やし弁護士に高い手数料を払うことをやめさせ、ただちに相応の賠償をして事件を決着させるようにし、年間18,000ドル費やしていた法務費用を1,200ドルまで減らしました。5百万トンの貨物を取り扱うのに買収当初2,700人を要していましたが、合理化により1,500人で済むようになりました。
このように従業員をよく働かせるためには、高い報酬と管理された労働時間が伴わないといけません。最低賃金を一流会社の給与をも上回るレベルに設定し、週48時間労働、残業なしという労働環境を整えました。
5S(ファイブS)
フォードが提唱したわけではありませんが、彼の経営理念には、5Sと同等の概念が含まれています。5Sとは、整理、整頓、掃除、清潔、そして躾です。
鉄道事業買収と同時に、建物をすべて白ペンキで塗りました。汚れがあるとただちにわかるようになります。枕木とレールをすべて取り換え、砂利も正確に敷き詰めます。機関車は1車あたり約4万ドルを投じて完全に修復し、運行ごとに必ず掃除させました。なんと社内清掃のための専用掃除機まで開発し、一度の掃除につき人間3人、時間2時間半を節約したといいます。駅も1日3回は掃除をさせ、建造物内での喫煙を一切禁止しました。
この基本理念は、運行トラブルの減少、積載貨物量の増加、正確な運行への意識の高まりをもたらし、事業再生に大きく貢献することになります。
この結果、フォードは世間の否定的な見方を見事に覆し、買収した最初の年に営業黒字化に成功しました。何より、輸送効率を高め、デトロイトからニューヨークまで8日か9日かかっていたところを、3日半にしたといいます。 こうして、フォードが手掛けた初めての大型買収は、大成功を収めたとのことです。