イノベーションという概念を経済学に持ち込んだのはヨーゼフ・シュンペーターです。日本では技術革新と訳されるのが一般的ですが、シュンペーターは最初から技術のみならず、プロセス、販路、サプライチェーン、組織といった様々な分野における新たな方法をイノベーションと呼んでいました。日本語訳の影響からか、イノベーションといえば、突き抜けるために必要な施策で、なければないで困らない類のものというイメージがありますが、シュンペーターの定義によれば、そこまで特別なものではないようです。ただ、面白いことに、シュンペーターは、イノベーションがない状態は不況状態で、イノベーションがなければ、その不況状態が続くといっています。イノベーションが超過利潤をもたらし、フォロワーの参入により超過利潤が薄まり、やがて、不況状態に戻るというのが彼の景気循環論です。
イノベーションのジレンマを著したクリステンセンによれば、イノベーションは持続的イノベーションと破壊的イノベーションに分類されます、前者は従来の価値基準の延長線上にあり、後者はまったく違う価値基準が適用されます。いずれのイノベーションも企業にとって等しく重要で、それをどうやって継続的に生み出していくか、いくつかのストーリーを紹介します。
アーキテキチュアル・イノベーション(Architectural Innovation)
ヘンダーソンとクラークが提唱した概念です。Architecturalという単語のニュアンスは、「組み立てられた」とか「組み合わされた」というもので、この前提にはComponent(構成要素)という概念があります。イノベーションには、構成要素を進化させるものと、構成要素の組み合わせを変化させることによるものがあり、後者をアーキテキチュアル・イノベーションと呼んでいます。一旦、構成要素の組み合わせが決まると、構成要素の進化によるイノベーションは継続して期待できますが、アークテキチュアル・イノベーションは起こりにくくなります。なぜなら、組織が構成要素ごとに細分化され、それぞれのチームがそれぞれの構成要素の進化に注力するようになるからです。組織はアーキテキチュアル・イノベーションを起こす仕掛けを意図的に経営に埋め込んでいかないといけないと主張しました。
オープン・イノベーション
昨今よく聞くフレーズですが、出典は割りと新しく、2000年代前半にヘンリー・チェスブローが提唱した、イノベーションを喚起する方法論です。技術の多様化、複雑化、製品ライフサイクルの短期化という社会的背景から、自前主義、ケイレツといった、自社技術にこだわる製品開発が困難になり、積極的に自社技術を導出したり他社技術を取り入れたりすることで製品開発を加速している手法を纏めてオープン・イノベーションと名づけました。技術が広く市場に晒されることで、実用に資するレベルまで技術が磨かれるであろうことが想像できます。一方で、すべての技術を市場に晒すことなく、強みを溜め込むクローズ・イノベーションもよく見られます。
イノベーション・マネジメント・フレームワーク
経済産業省が主導した調査研究から拾いました。アーキテクチュアル・イノベーションやオープン・イノベーションといった方法論を、経営者がどう実現していくか、そのドライバーを纏めたフレームワークです。トップ・マネジメントのリーダーシップから始まって、スタッフにイノベーション文化が醸成されるに至る過程で、さまざまな仕掛けが必要とされています。
イノベーションは決して自然発生的なものではなく、経営的に生み出すことが可能であるという認識が広まっているようです。試みは大いにやるべきですが、失敗が少なくなることはありません。私自身、失敗を恐れることなく試してみるという姿勢を忘れないようにしています。