第3回AbemaTV将棋トーナメントが面白い。第1回からチェス由来のフィッシャールールが採用され、当初の持ち時間5分に一手ごと5秒が加算され、1局20分程度で勝敗がつきます。第3回の今回は、将棋界初の団体戦となり、1チーム3名、12チームで優勝を争うことになりました。真剣勝負でありながら、12名の代表棋士が他の2名のチームメンバーをドラフト会議で選抜するなど、エンターテインメント要素を盛り込んで、企画としても大成功しているように思えます。そこでいくつかの異なる視点からこの企画を分析してみました。
日本将棋連盟の視点
日本将棋連盟の狙いは、連盟に入る収入を増やすこと。最も大きな収入源は各棋戦のスポンサー収入であり、先細りの新聞社に代わる新たな収入源を確保しなければなりません。インターネットTVというプラットフォームは、少数の視聴者への低コストでのアクセスを可能にするので、限られた視聴者に受けるコンテンツを提供できれば、プラットフォームから連盟への投資を盤石にできるという思惑が働きます。加えて、将棋ファン層が広がれば、インターネットTVに限らない各スポンサーが潤うことになり間接的な収入増加に繋がります。最近では、各種イベントも積極的に手掛けているので、直接的な収入増も見込むことができます。
佐藤康光会長を筆頭に、鈴木大介理事、谷川前会長、森内前理事など、連盟役員が積極的に参加していることからも、連盟にとってのイベントの重要性を推して測ることができます。また、スピンオフともいえる周辺イベントもファンにとって魅力的なものが多く、集客に大いに貢献しています。チームレジェンドの練習対局とか、羽生さんや藤井聡太君のエキシビジョンマッチなど、楽しませていただきました。
しかしながら、AbemaTVとの契約交渉における力関係は大いに気になります。この企画はAbemaTV側が主導権を握っているように見え、優勝チームへの賞金1000万円という水準、将来の企画拡張によるスポンサー収入増加の可能性が、企画の面白さや参加棋士の豪華さと釣り合っているのか懸念されます。今回は、小さなメリットをAbema側に渡して、将来の大きな収穫を狙うというしたたかさのもとでの交渉戦略だったら良いのですが。連盟に経営のプロを置くべきですね。
AbemaTVの視点
テレビは放送法に守られた1億人以上にアクセスできるプラットフォームであり、視聴者から視聴料を徴収することなくCM広告収入で成り立っていますが、インターネットTVはサービス乱立で視聴者の獲得が難しく、CM広告収入に加えてサブスクという定期課金が前提になります。AbemaTVはテレビ朝日の子会社なので、視聴者層の棲み分けも生じます。
優勝賞金1000万円を含めた企画予算が3倍の3000万円だとして、それを1000万人と言われる将棋人口から回収します。将棋のコアなファン層を将棋人口の1%、10万人と仮定すると、単純計算で一人から300円を回収すれば足ります。コアなファン層に位置する僕自身は、少なくともこの企画を放送している4-5か月の間だけ、月額960円のAbemaTVプレミアムプランに加入しても構わないと思っていますが、そうしたコアなファン層から損益分岐点である300円を上回る資金回収を行うことは、この企画の場合、難しくなさそうです。
採算に問題はなさそうですが、この企画は、インターネットTVにしては破格の予算サイズだと思われます。近い将来、ドル箱企画のひとつに成長させるという意図が感じられます。たとえば、ダイジェストを含む決勝戦をテレビ朝日で放送するとか、決勝戦を公開対局にして多くのファンを現地に呼び込むとか、そういった展開が視野に入っているのでしょう。コアなファンとしては、この企画が着実に成長することを望みます。
棋士の視点
将棋は年齢や実績にかかわらず勝敗が報酬に直結する真剣勝負の世界です。各棋戦での対局料や名人戦ランクで報酬が決まります。AbemaTVトーナメントは、フィッシャールールという極端に時間が短い特殊なルールで行われるため、頭の回転が速い若手棋士に有利と言われています。その中で、40代、50代の棋士も少なからず参加されています。羽生さん、谷川さん、三浦さんが参加されているのはとても嬉しい。また、タイトル保持者やA級棋士といった、いわばフィッシャールールの研究に割いている時間がなさそうな棋士も参加しており、棋士個人というより、連盟全体でこの企画を成功させようという意気込みを感じます。実際、この企画では優勝賞金が設定されているのみで、報酬面からの魅力はほとんどありません。
棋士にとっては、対局料や基本給以外の収入も大事です。露出が増え、知名度があがれば、講演、将棋イベント、著作販売などの機会も増えます。強さだけではない人間的な魅力も棋士の魅力のひとつです。そういったところがアピールできる企画なら、連盟の意向に乗っかるメリットがあるのかもしれません。
一方で、ファンにとって、報酬ではなく、連盟がトップ棋士の参加を促しているこのスタイルはとても望ましい。連盟のバックアップが小さいままこの企画が開催されると、とにかく活躍の場を求める若手棋士で溢れてしまい、企画の魅力が半減してしまいます。
この企画は連盟とAbemaTVの思惑が一致したものであり、棋士は文字通り「駒」に過ぎない側面は否めません。今後は、連盟主導のスタイルを継続しながらも、棋士にも十分な報酬がわたるようにして、トップ棋士の参加継続を願うばかりです。