財務リスクの測定

財務リスクのうち、金利リスクと為替リスクをどう測るかについて、ここ20年の間に目覚ましい進展がありました。出発点はなんといっても「ブラック・ショールズ・モデル」です。オプションという金融商品の価格決定に関する理論で、考案者のFisher Black氏とMyron Scholes氏は1997年にノーベル経済学賞を受賞しています。オプションとは、ある金融商品を将来売ったり買ったりする権利のことで、この権利に価格の理論的裏付けができたことで、デリバティブという金利為替リスクのコントロール手段が各段に増えました。例えば外貨預金を持っているときに、解約しなくても為替リスクを限定する効果が容易に得られます。

このモデルにパラメータとして含まれるのは、金利や為替の水準と、それらの変動率(ボラティリティ)及び権利行使までの時間の概念です。

さて、財務リスクを測るという本題に戻りますと、いくつか方法はあるものの、感応度分析がシンプルな概念でわかりやすい。それぞれのパラメータの変化シナリオを用意して、円とかドルとか単位の異なる複数の取引をすべてまとめて円という単位で、それらシナリオごとの価値変動を表現するのです。例えば、「金融システム危機シナリオ」として金利が2%、為替が2%ドル高円安になった場合のインパクトを計算することで、どの程度の財務リスクを抱えているのかを分かりやすい数字で表現できます。

この仕組みができてしまえば、組織全体の金利リスクと為替リスクが把握できている状況なので、前回紹介したような為替予約を外貨建て債務ごとに締結する必要はなくなります。おそらくトレジャリー部門が組織全体をカバーするこのような仕組みをもっている企業はまだまだ少数だと思いますが、目指すべき体制や手法はかなり確立されていますし、何よりトレジャリー機能をかなりスリムでスマートなものにできますから、あとはトップが意図をもって進めるだけです。

流動性リスクを測るには、上記の感応度分析ではもの足りません。たとえば3か月後に借入を実行する権利は、オプションとして価格をつけて感応度分析に組み入れることは可能ですが、取引相手が実行できなかったときに決済資金が足りず大変なことになります。しかも、オプション理論の弱点は「テールリスクに弱い」ことで、市場が想定外に大きく動いてしまうときの価格変動をうまく表し切れていません。皮肉な話ですが、上述の革命的理論でノーベル賞を受賞したScholes氏運営のファンドは、1998年のアジア通貨危機に端を発した金融危機の際、破綻してしまいました。

従って、流動性リスクにはストレステストが欠かせません。現実的ではないと思われる極端なシナリオのもとでも、資金繰りは回るという状況を追及しなければなりません。大きな設備投資を有期の借入で賄っている企業が、借り換えがうまくいかずに身売りするという事例は、名だたる大企業においても散見されます。残念ながらトレジャリーが役割を十分に果たしていないことによって起こったものです。

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